―プロデューサーの場合―
「ふーん、あんたが私のプロデューサー?」
一通り値踏みするような視線の後、目の前の少女はそう言い放った。
嫌悪感がにじみ出たかのような言葉。
一応身なりは整えたつもりだが……。
まぁ、年頃の女の子が成人男性を前にしたら、こういう反応にもなるだろう。
むしろキャピキャピと迫られるよりは幾分マシだ。
深入りされるのも深入りするのも御免被りたいからな。
しかし、どうして俺はこんなことになっているのか。
ただ適当に生きて暮らしていければよかっただけで、
プロデュース業だなんて下手したら人の一生に関わるような仕事、
俺には荷が重すぎる。
そもそも俺は事務屋目的で入社したはずなのに、
なぜプロデューサーという肩書きが付いたのか。
やはり面談の時に聞かれた志望動機に「夢を間近で見たかったから」なんて答えた所為か?
あれは他にもっと適切な答えを用意していたはずなのに、
なぜかその時不意に口をついて出た言葉だ。
しかし、どうしてそんな言葉が出たのか。
あの時の面談官が熱っぽくアイドルについて語っていたからそれに当てられたから?
考えても原因は分からず結果として俺は今ここに居るわけだが……。
渋谷凛。目の前の少女の名前だ。
一応彼女は差し出された三枚の選考書類の中から俺が選んだアイドルと言うことになる。
けど別に積極的に選んだわけじゃ無い。
一枚目の娘はアイドルに憧れ頑張り続けて来た子だった。
そんなのは俺には眩しすぎる。とても担当できるとは思えない。
三枚目の娘は世界中と友達になりたいと夢を語った子だった。
そんな夢は俺の手には負えない。とても担当できるとは思えない。
そして二枚目の娘は友人と共同で応募してきて結果的に最後まで残った子だった。
消去法的に彼女でいいと思った。
仮に失敗しても彼女なら別の人生を歩むだろうし、
俺も適性を見直され仕事を変えてもらえるだろう。
そんな自身の保身前提で選んだ子だった。
そんな経緯で彼女――渋谷凛が俺の目の前に立っている。
普通なら期待不安の未来に胸を高鳴らせるところだろうが、
俺にはそんな物は無く、ただただこんなプロデューサー業から足を洗いたいだけだった。
まぁ、こっちの都合なんて彼女には関係ないのだから、
それなりに業務をこなしはするつもりではあるが。
ベストなのは彼女の方から俺を切り捨ててくれるのが楽なんだが――
―渋谷凛の場合―
私がアイドルになった切っ掛けなんて、たいしたことない。
小さい頃からの友達、神谷奈緒と北条加蓮とで、
三人で他愛なく遊んでた時、
加蓮が奈緒に罰ゲームとしてアイドル事務所のオーディションに応募させたのが始まりだった。
振り返ればアイドルに興味のあった奈緒を加蓮が後押ししたとも思えるし、
アイドルに憧れていた加蓮が奈緒をダシに使って夢に挑戦したようにも思える。
でも私はただ単に二人に付き合って応募しただけ。
2人がどの位アイドルになりたかったのかは知るよしも無いけど、
少なくとも私は別にアイドルになりたいなんて思ってなかったしなれるとも思ってなかった。
でも書類審査を通り、一次審査二次審査と通り抜け、なぜか合格した。
冗談半分で受けたオーディションだったけど、
周りの子達の「アイドルになりたい」っていう気持ちにあてられたのか、
それとも元々の性格の所為なのか一応は真面目にやり通したのが原因だったのかなと、
色々と自己分析してみるけれど、なぜ私が選ばれたのかはやっぱり分からない。
自分で言うのも何だけど、やっぱり容姿が良かった……とかだろうか?
あまりそういうことを意識するような経験はなかったんだけど。
そうして、何の因果か今、私は『渋谷凛をプロデュースする』人と対面している。
見た目はどこにでもいそうなサラリーマンと区別がつかない、
私より一回り大きいどちらかと言えば若い男の人。
芸能界っていう所の関係者だから、
もっとふざけてるようなおちゃらけてるような人間をイメージしてたんだけど、
思ってたよりは至って普通の身なりの人だった。
少し覇気が無いように感じるのが不安だけど、
それは私も似たようなものだから、あまり強く言えないな。
ふと気付けば彼がバツが悪そうにしていた。
もしかしたらジロジロみたせいで悪印象を持たれたかもしれない。
私としては別に「ガン飛ばしてる」とか「不機嫌」だとかそういうつもりはないんだけどな……。
奈緒や加蓮からもよくそういう所を注意されるんだけど、
でも愛想を振りまくとか昔から苦手なんだよね……。
「まぁ、悪くないかな」
でもアイドルやるからには、そういう所も直さなきゃいけないのかなと考えた私は、
フォローするつもりで一言入れる。
自分でもあまり上手く言えたとは思えないけど、
それでも私はちゃんと言葉にするところから始めようと思ったんだ。
アイドルをやっていれば私にも何かを見つけられるかもしれないから。
「
私は渋谷凛。 今日からよろしくね」
そう言って差し出された少女の手を男はぎこちなく受け取った。